ケルンへの道程


2012年2月初旬、大雪に見舞われたアムステルダム近郊の鉄道ダイアはほぼ壊滅状態だった。


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インターネットを介して知り合ったケルン在住の音楽家マティアス氏との初めての待ち合わせを、その日の昼に約束したアムステルダム発ケルン行のICEプラットフォームで、僕は朝日の昇る頃からその列車の到着を待っていた。


発車時刻間際になっても列車が来ないので「?」と思っていたところに運航中止のアナウンスがサラ〜ッと流されたようで、横にいた他の旅行者から「今の聞こえたか?列車はキャンセルらしいぞ」。

「どしたらいいのよ、この私?」駅員に訊こうと探してもどこにも見当たらない。

茫然自失状態と化していたところに神の助けか、近くにいた旅行者の誰かがケルンまで行くという女性を偶然に見つけ、彼女は"Follow me!"と私たちを引き連れ、別のプラットホームへと走り出した。

大雪で混乱し人々のごった返す駅から駅へ、彼女の姿を見失うことなく乗り継ぎに次ぐ乗り継ぎ(なんとバスの代行運転まで!)を繰り返し、実際どんなルートだったかは、改めて訊いてもよく覚えていない状況だった。

だがあの日、マリアの導きがなければ、氷点下10度のケルン駅プラットホームでマティアスと会う事はできなかったかもしれないと、今でも思う。
(携帯電話を持っていれば良かったかもしれないが、貧乏旅行ではそうまでせんでしょ、フツー)


時が流れ、2013年7月。
参院選投票日にその結果を目の当たりにするのを嫌い逃げ出すようにしてアムスまで飛んだ僕は、今回、マリアと再会する事ができた。しかも、なんと彼女の自宅でディナーまでご一緒させてもらうことに。お互いのつたない共通言語にもかかわらず、個人的なことから社会情勢や宗教観まで、多岐にわたるおしゃべりが続いてしまった時間は凄い!というしかない。この時に知ったことだが、孫に会いに行ったという彼女のケルン行きは、実はあの日が最初だったのだそうな。これも凄い。


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ケルンへはアムステルダムから列車で通常2時間半ぐらい。あの大雪の日は朝7時にホテルを出て、8時頃からプラットホームに立ち、ケルンについたのは夕方の18時頃だったように記憶している。
マリアが気をきかせて携帯で連絡をとってくれたので、マティアスとは問題なく会うことができた。



マティアス宅に滞在させてもらうのは今回で2度目。
しかも前回の氷点下10度なんてキツい寒さではなく、季節は夏!と、くれば気候はいいし食べ物は旨いしビールは旨いしナニはナニだしプッハーで、ゆったりまったりとした素敵な時間が流れる中にタダヨイ続けるしかないわけですゎ。わはは最高!


一日がゆっくりめのブランチで始まり、夕方、といっても19時頃から、まず、公園でのリハを兼ねた練習(9時過ぎまでは明るい)を終え、その後近所にあるいくつかのバー、レストランで演奏。マティアスは本来は素晴らしいピアノ弾きなのだが興味のあるものにはすぐに飛びつく。土産に持って行った「みんなの民族楽器ミンミン」の時も然り、ラップスティールにハマってからは完全に僕とラップスティールデュオ状態なのだ。


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飾らなくていい。
心地良い音楽は何処ででも誰にでも受け入れられる。



続く(今度こそ)


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Author:すぎの暢
膝の上にのせてバーで弦を擦って弾くラップスティールギター専門奏者。超ドマイナー楽器ですが、可能性は無限です。6弦アコースティック、エレキもええねぇ~!

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